キャリーバッグは杖の代わりじゃない

これまでの経緯

ショルダーバッグでの買い物は大変

母は腰椎圧迫骨折をするまでは、グランドゴルフでホールインワンをするくらい飛ばし屋だったそうです。

けれども、骨折後に背骨が少し斜めに曲がってしまったせいか、ゴルフをやめ、以前のように歩くことが難しくなってしまいました。

それでも歩いて15分ほどのイトーヨーカドーに買い物バッグを下げて行きます。

帰りはどうしても思い荷物を抱えて、時には背中にはショルダーバッグ、手には買い物バッグという恰好で息を切らして帰宅することもしばしばでした。

そんな姿を気の毒に思って、車輪付きの買い物バッグを購入することにしました。

ところが母に聞いてみると、よくお年寄りが使っている四輪(安定感のある)の買い物バッグは嫌だというのです。

おしゃれなスワニーの買い物バッグ

そこでスワニーというメーカーのおしゃれなキャリーバッグを買うことにしました。

このバッグはデザイン性が良いだけでなく、車輪の静穏性や買い物をしたときには容量を増量できる機能もあり、とにかく良く考えられている製品です。

買い物の後の重量を肩ではなく、地面に代替してもらうことでお年寄りでも運搬が楽になります。

ただし、杖を突くようになったお年寄りにはお勧めできません。

杖のように身体を支えるものではないからです。

その用途では、ブレーキ付きの買い物バッグがありますが、購入時点ではその必要性に気づきませんでした。

ヨーカドーへの買い物バッグとして活躍するようになり、買ってよかったと喜んでいた矢先のこと、思いもしない事故に見舞われてしまいました。

キャリーバッグは杖の代わりじゃない

母親はこれまでも何度か徘徊を繰り返していましたが、徘徊時にキャリーバッグがお供するようになりました。

自分の家(本当はそこが自分の家なのですが)に帰ろうとする時に、身の回りの物をすべてまとめてキャリーバッグに詰め込んで出かけるのに重宝したようです。

その日は近くのコンビニまで行くためにキャリーバッグを杖代わりにして外に出たとのこと。

歩道の段差にキャリーバッグの車輪が引っかかってキャリーバッグごと転倒してしまったようで、運悪く蓋のない側溝に体ごと落ちてしまいました。

肩から落ちたため、肩関節の剥離骨折をしていました。

近くを通りかかった方が救急車を呼んでくれたため、救急車で病院に運ばれました。

ただし、近くの病院で対応できなかったため、二つ先の駅の病院に運ばれてしまいました。このことが、その後の悲劇を生むことになろうとはその時は知る由もありませんでした。

救急病院にそのまま入院

骨折した高齢者

救急隊から連絡を受けた叔母からの電話で事態を知った私は、急遽病院に駆けつけました。病院にはすでに叔母が到着していてくれて、叔母と一緒に医師の診断を聞きました。

母は肩関節の剥離骨折で、利き腕の右手を三角巾で吊られた状態でした。右腕は肩から固定されておちり、しばらく動かしてはいけないとのこと。

看護師から今後の注意事項を聞いた後、母を自宅まで送ろうとしたとき、叔母から家に帰って介護は大丈夫かと聞かれました。

介護するには私と妹のどちらかが母の家に行くしかありませんが、仕事を休んだり、在宅勤務のための回線確保をしたり等の対応をしなければなりません。

頭の中をやらなければならないことが駆け巡っているときに、看護師が入院してはどうかと言ってくれました。

取り敢えず入院して、その間に退院後の対応を準備すればよいと思いました。

早速、入院することにして、入院の手続きをとっていると、一連の書類の中に入院中に暴れたりする場合には、患者を拘束をする場合があることに合意する旨の念書がありました。

患者の中にはそういう人もいるのだろうなくらいで、念書にサインをしたのですが、まさか私の母が拘束を受けるハメになるとは思ってもいませんでした。

入院して3日しか経っていないのに、母から電話が掛かって来ました。どうしても家に帰りたいそうです。

理由を聞くと、家に帰りたいと看護師に訴えただけなのに、椅子に拘束されるのだと言います。

本当なら由々しき事態です。

とにかく母は退院させることにして、担当の看護師に退院の挨拶をしたいと申し出ましたが、出てきませんでした。

もしかしたら、本当に拘束していたのかもしれません。剥離骨折の固定箇所を守ろうとしてくれたのかもしれませんが、母が暴れるとは考えられません。どう考えてもやりすぎなのではと思いました。

過剰拘束の件はさておいても、さっさと退院するに越したことはありません。

もともと二駅も先の病院なので、近くの病院への紹介状を貰っておさらばです。

介護保険は一人暮らしの高齢者の強いミカタ

介護施設

退院したは良いものの、自宅での介護体制を取らなければなりません。

幸いにも、介護保険のなんたるかを知らなかった私に、病院の担当者から退院後の介護体制について地域包括支援センターに連絡をとって貰っていました。

介護保険の認定のための面接を病院で受けるつもりだったのですが、急遽退院となったため、面接は自宅で行うことに変更しました。

地域包括支援センターの担当者は親身に対応をしてくれて、当分利き手でない片手での生活となること、その後は通常どおりの生活ができるが、認知症の程度が気になること、家族は車で片道1時間半の距離に別々に暮らしていること、できれば母は施設に入居するのではなく、一人暮らしを継続させたいことなどなど、私と妹の思いをすべて聞き取ってくれました。

その上で、出した結論は小規模多機能型居宅介護という選択肢でした。看護師をやっていた方が開いた介護施設で退院後の居宅介護からその後の通所介護にも対応できる柔軟性がある施設とのことでした。

そのときには他の施設と比べることもできなかったのですが、今となっては小規模多機能居宅介護は母にとって、いや私達家族にとってなくてはならないものとなりました。

実はこれまでも民生委員の方から介護保険の通所サービスを受けたらどうかという提言を受けていたのでが、母はなぜか頑なに断ってきたのです。

民生委員の方は、母の徘徊の件、近所のドアベルを鳴らして、いるはずもない子供が来ていないか尋ねているといった情報を近所の方から耳にしていたのではないかと想像しています。

はっきり言われたわけではないですが、認知症の高齢者の一人暮らしは無理があるので、誰かの目が必要だということを婉曲に言ってくれていたのかもしれません。